「アシタ モ アタシ ハ キット アシタバLOVE。」 大矢 りか

“TITLE” Rica OHYA

第1話
アシタバを食べる。大島を食べる。


アシタバって、今日摘んでも明日にはまた葉が出る、だから「明日葉」。
その強い生命力を食べてカラダにいれて、会期5か月の間ご利益にすがろうという腹です。
と、書いてふと思った。
アシタバって私には大島特産ってイメージだったけど、むしろ八丈島かも?ですね。
そんな、よそモンの思い違いも含めての舟出です。

今回のアートアイランズは「思考が5か月間で変容していく過程を見せる」ことが意図なのでしょう。で、その思考の先には「カタチ」となった表現作品があるべき、なのでしょうね、もちろん。
でも「今」私は「つくるって、ナニ?」「表現って、ナニ?」「今、何をするの?何ができるの?」。コロナ騒ぎで、すべてのレジデンスの予定はキャンセル。オンラインやらリモートやら、今を生き抜く方法もあるようだけれど。「現場」で、「その場のモノ」との対話からつくる、のが私の流儀だった。それが全部否定されちゃった。どうにもならない。
そんな中でじんわりと気づいたこと。毎日毎日3度3度の料理って、制作と似ていて、楽しくスリリングで創造的なんじゃないかって。
この場合の料理って、高級食材を揃えてレシピ通りに作るってヤツじゃない。あるものを組み合わせて、「なにか」をつくる。、、って、私のアートの制作スタイルと同じだ。料理もアートも、私には、生活の中の「身の丈にあったモノ」なんだと再認識させられました。

さて、本題。アシタバ。
ふつうは春から初夏あたりが旬とされていて、柔らかい新芽を食べるもの、とされている。でも、夏過ぎの巨大に育ったゴワゴワした葉っぱだって食べられるのだよ。食べるのだよ。
ウチの周りにもアシタバが自生してる。大島の対岸だからか、植生が似てる。以前、山の中に住んでいた時、アシタバの苗を植えたことがあったけど、うまく育たなかった。アシタバには潮風が必要なんだぞって、近所のおじさんに笑われたなぁ。

で、佃煮だ。
茎も葉っぱもザクザク切って、煮る。
味付けは、砂糖としょう油。しょう油がなければ塩でもダイジョーブだった。ゼイタクがお好みならば、みりんや酒も加えてね。
ひたすら煮詰める。何のコツもいらない。カンタン。要るのは時間だけ。
出来た佃煮は、野の味がする。
スーパーで売ってるやわなアシタバじゃあ、この野太い味は出ないね、きっと。
おいしいんだ。

さてと。
アシタバを食べたら、次は何処へ行こう。。。
2020.9.16 記